2008年10月14日火曜日

香港大学家庭医療部 見学報告

後期研修医1年目のたろうです。

 今年の夏休みは、9月22日から27日まで香港に滞在してきました。この機会を利用して、9月26日の金曜日、香港大学の家庭医療学部教授のCindy Lam先生を訪ねてくることができました。たった1日だけの訪問でしたが、多くのことを学び、家庭医療の教育や臨床に関する知見を広めることができました。

 9月26日の朝、香港の中心街からタクシーでおよそ20分、香港島の南にある小さな島のAp Lei Chauの町中にある、Ap Lei Chau ClinicにCindy Lam先生を訪ねました。ここは政府の衛生署Department of Healthが運営する診療所で、1階が受付、2階が一般外来General Out-patient Clinic、3・4階に母子健康センターMaternal & Child Health Centerがあり、香港大学家庭医療部University of Hong Kong Family Medicine Unitはこの建物の4階にあります。このAp Lei Chau(“アヒルの舌の島”)は長さ約3キロほどの島ですが、政府の立てた高層ビルの住居が立ち並び、「世界で最も人口過密な場所のひとつ」(“Lonley Planet Hong Kong & Macau”より)とされています。香港の中心部から離れた「地方」のような感じで、また隣町のAberdeenは、かつては漁港として栄えた、香港で最古の歴史のある町だということです。道行く人はわりと高齢の方が多いような印象を受けました。

 午前中は、Senior Residentによる医学生の家庭医療教育の様子を、TVカメラを通じて見学させてもらいました。香港の医学部は5年制であり、その間に医学生は家庭医療を3回学ぶ機会があります。1年目にはまず家庭医療の外来を見学する。3年目には、4つのマンツーマンのセッションを通じて、主に病歴聴取などを学ぶ。そして4~5年目の臨床科ローテーションの間に、1週間の外来指導を受ける。今回見学したのは、この最後の外来指導でした。

 外来指導はSenior Resident1人と、医学生3~4人で行われます。今回は3年目のSenior ResidentであるDr. Natalieが、3人の医学生を指導していました。ちなみに香港大学家庭医療部のResidencyは4年制であり、最初の2年間は病院実習、次の2年間は診療所での実習を行うようです。4年目の最後には試験fellowship examinationがあり、これに合格すれば家庭医になれます。この時点で診療所に勤務したり、開業する人もいるそうですが、家庭医療を専門にしたい場合には、ここからさらに2年間のコースがあり、実際に診療所の運営面を任され、自分の受け持つpractice全体のmanagementがきちんとできるかも含め、2年目の最後の試験により総合的に評価されるそうです。

 外来指導は、個室の診察室で行われます。患者さんが診察室に通され、まず医学生が医療面接を行います。一通り病歴を聴取した後で、医学生はSenior Residentに対して簡単に病歴を要約します。その後、医学生はfocused physical examinationを行い(全身は診察せず、必要な箇所だけ診る)、鑑別診断を挙げていきます。Senior Residentは適宜、鑑別診断や病態の評価に関する質問をして、診断を進めていきます。診断がある程度ついたら、Senior Residentはその病態のmanagementについて医学生に質問し、治療方針を決めます。最後にSenior Residentが患者さんに簡単な問診と身体診察を追加して病態を確認し、患者さんに説明を行い、電子カルテに記載して処方箋を出し、診察は終了です。かかった時間は患者さん1人当たり20~30分でした。外来指導でのSenior Residentの説明は非常に明快で、標準化された診察手技や鑑別診断の手順が、きちんと体系的に教育されている、という印象を受けました。

 面白いのは、最初から最後まで、鑑別診断の議論の最中も、患者さんは同席して話を聞いていることでした。患者さんとの医療面接は広東語で、医師と医学生の議論は英語で行われていますが、香港は英語も公用語なので、議論の多くの部分は患者さんにも理解できるはずです。この日来ていた嗄声の患者さんは、自分の病気に対して「肺癌」「甲状腺癌」「胸部大動脈瘤」などの鑑別診断が挙げられて議論されていることに対して、どのように感じていたのだろうと思いました。あとでCindy先生に聞いてみると、患者さんをいちいち退室させないことで時間の節約にもなるが、むしろ大事なのは、自分の病気について、いろいろな可能性も含め、全部知っておきたいと希望する患者さんが多い、ということでした。このあたり、少し日本とはカルチャーが違うかもしれない、と思いました。

 午前中の残りの時間は、Cindy先生に香港大学医学部を案内していただいた後、昼からのCME (Continuing Medical Education) lunch meetingに参加しました。昼食を食べながら症例発表を聞き、与えられたテーマについての議論を交わして理解を深める時間です。この日の発表はSenior ResidentのTonyによる”Chronic Cough”でした。日本の外来でもおなじみのテーマなので、ちょっと退屈な時間になるかと思いましたがとんでもなかったです。参加者はCindy Lam先生の他、助教授のTai Pong Lam先生、Senior Resident 2人、そしてPh.Dコースのカナダ、米国、オーストラリアの家庭医が参加していたため、非常に国際色豊かな、レベルの高い議論が展開されました。「慢性咳嗽の機序と発症のメカニズム」「百日咳の実際の頻度とその診断法」「世界各国の百日咳予防接種プロトコルおよび流行の状況」などなど、言葉の壁があるとはいえ、慢性咳嗽ひとつでこんなに広く議論を展開できるのかと、ちょっと感動しつつ、まだまだ勉強が足りないなと冷や汗をかきながら聞いていました。

 午後は広東語の外来見学しかできない、ということで近くの浜辺に遊びに行かせてもらい、夕方17:30からのResearch meetingに参加しました。このmeetingには香港大学家庭医療部の他、香港の新界New Territoryにある香港中文大学The Chinese University of Hong Kong家庭医療部のスタッフも参加していました。2ヶ月に1回開催されるというこのmeeting、この日は2人のPh.D研究生が、現在計画中のresearchについて発表を行いました。1つはPBLトレーニングの質的研究、もう1つはSub-health State(いわゆる未病状態)評価に用いるアンケートの内容の評価、という内容でした。家庭医療領域でのResearch meetingに参加するのは初めてだったので、非常に新鮮に感じました。参加者はresearch経験者が多く、特に、岐阜など、日本にも数ヶ月滞在していたという香港中文大学教授のTrevor John Gibbs先生の視点やコメントはさすが、と思わせるものが多く、非常に刺激的でした。いい論文は、こうした活発なdiscussionの積み重ねで磨かれ、生まれてくるのだろうと感じました。こういうmeetingが、福島でも早く開けるようにしたいなあ、と思いました。

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