2009年4月25日土曜日

台湾



お世話様です。台湾より。
草薙君のニュースはCNNでやっていました。
今週は月曜から水曜まで金山のhealth center、木曜と金曜はNational Taiwan University Hospital(NTUH)にて研修しました。
金山は台北からさらに北に行った海沿いの田舎の港町で、テレサ・テンの墓があることで有名(?)です。
日本の保健所のようなところですが、家庭医のattendingが1名、residentが2名配属されていて、外来や検診、往診など精力的に活動していました。
とはいうものの、レジデントにとっては比較的時間にゆとりのある場所で、毎日午前3時間、午後3時間程度仕事して、それ以外はfreeでした。
温泉、海、中国4000年の歴史、テレサテンの墓などさまざまなところに連れて行ってもらい、町を堪能できました。
本当に親切なレジデント達で、感激しました。自分も見習わねば。
NTUHは、名前のとおり大学病院ですが、家庭医科が病棟をもっており(ホスピス17床、急性期病棟19床)、そこが福島との大きな違いでした。
さすが大学病院らしく、人がたくさんおり、カンファもたくさんありました。
われらがKuang-En先生もあわただしく病棟で働いていました。
今日はジャパンからプロフェッサー リューキ・カッサイがお見えになり、夜は歓迎食事会を開催していただきました。
目があった人とおもむろに乾杯をするという(これも台湾流でしょうか)感じで、写真のメンバーからは想像できないでしょうが、思ったより激しい飲み会でした。
僕たちもひさしぶりに教授の顔をみて、また決意を新たにしました。
明日は高柳先生の結婚式です。おめでとうございます!


2009年4月17日金曜日

台湾家庭医療報告

ここ台湾での滞在も早や2週間が過ぎ、折り返し地点に入りました。

明日から台北に移動し、台湾大学医学部の関連施設での視察が始まります。
毎日が、とても濃密な時間です。いろいろなことを思い、考えます。

台湾の人たちの温かさ、人情味、人の好さ。
この2週間で「謝謝」を何度言ったことか。何度「請客」してもらったことか。

日本の20年は先を行っている、台湾の家庭医療。
地域医療はもとより、老年医学、青年医学、職業医学、緩和医療など幅広い分野に展開し、活躍する台湾の家庭医たち。
Family-orientedで、予防医療の支援ツールとしても働いている、家庭医用のすぐれた電子カルテシステム。


かつてこの地域が日本だった時代の、記憶と遺産。
往診先や老人ホームで嬉しそうに日本語で話しかけてくれた、日本語教育世代の高齢の方々。
日本が導入し、この地域に根付いたサトウキビやコーヒー豆農業を、現在も黙々と営み続ける人たち。

豊かで静謐な自然、多彩で官能的な食文化、情熱的でエネルギーあふれる祭祀。

今回の滞在では、中山大学の李孟智教授、顔啓華主任をはじめ、現地の家庭医療レジデント、医学生、事務の方々、訪問診療の看護師さんや運転手さんなど、本当に多くの人たちに大変お世話になっています。

こんな素晴らしい機会を与えてくれた葛西先生に、本当に感謝です。


台湾での家庭医療について、すでに持ちきれないほどの収穫が得られています。福島で楽しみに待っていてくださいね!







2009年4月16日木曜日


お世話様です。台湾より。
ビビアンスーはこちらでまだ健在でした。
今日はいままで通っていた斗六から車で20分くらいの虎尾の病院に場所を移しました。どちらもNational Taiwan University の付属病院ですが、今日行った虎尾病院は新しい病院でまだ5か月しかたっていないとのことでした。
台湾の家庭医療の特徴として、ほとんどの病院で緩和ケアを家庭医が行っています。レジデントも多くの人がホスピスをローテイトしています。ここの病院では家庭医の病棟は緩和ケアのみであり、中心的な仕事であるようでした。
昼間にDrから、「今夜はウエルカムパーティーをやるのでKTV(カラオケ)に行きましょう!」と誘っていただいたので行ったのですが、いざ行ってみると会ったこともない女性6人(病院の関係者みたいですが、詳細不明でした)となぜだか一つの部屋でカラオケが開始されました。そのうち1人は、子供の世話をしないといけないとかで開始10分で帰って行きました。全員淡々と歌を歌い、ご飯を食べていました。謎な展開に僕ははじめはドッキリか何かだと思いました。
そんなアウェイな雰囲気の中で武田先生は中国語の歌を見事最後まで歌いきり、Made・in・Japanの実力をみせつけてくださいました。感謝です。
カラオケは延々4時間続き、二人で首をかしげながら家路につきました。
台湾流omotenashiでしょうか。

2009年4月15日水曜日


お世話様です。台湾より。


雲林にて3日目、今日は午前中は研修1年目の先生と訪問診療を行い、午後は医学部5年生が地元の中学生を相手に結核、および薬の飲み方の授業を行う様子を見学し、その後地域の診療所の先生の元を訪れました。


診療所の先生は、かつて台湾の医師会の会長をやっていたという大物でした。父親は日本の医学校を卒業しており、カタコトの日本語で「いじぇん(以前)はよかった、いじぇんはよかった」と連呼していました。
ここ台湾でも、医療費の削減が積極的にすすめられており、患者の要求も最近どんどん増えてきて、開業を成功させるのはとても大変だということです。
また、「新宿はいい!」とも、何度も何度も言っていました。
写真はその後皆で中国4000年の歴史を味わっているところです。

2009年4月14日火曜日


お世話様です。台湾より。


おそらく誰も読んでいないでしょうが、今日も連続で投稿します。
雲林にて2日目、今日は午前は検診、家庭医の院内コンサルテーションの見学、午後はnursing homeを訪れました。
検診は家庭医の仕事で、今日は2年目のレジデントがやっていました。写真は台湾版の検診の用紙です。
また、家庭医の院内コンサルテーションとは、nursing homeにはいる適応があるかどうかを家庭医に決めてもらうという事で、つまりは治療してよくなった患者の行先探しをお願いされるという、ありがたいようなありがたくないような仕事でした。
日本との違いは、nursing homeに入れるかどうかの決定はすべて家庭医にゆだねられており(特老に入所できるかどうかをすべて家庭医が決定するようなもの)、その分患者の状態のみならず、家族背景、経済状況など様々なことを考慮して慎重に決めていました。
nursing homeは、僕の知っている「あぶくま荘」と同じような感じで、みなさんの発する魂の叫び声は世界共通なんだなーと考えていました。
今日は昼と夜に中国4000年の歴史を味わいました。
武田先生は天使のような微笑みをうかべながら眠っていらっしゃいます。

2009年4月13日月曜日


お世話様です。台湾より。
いまだかつてブログを書いたことがないですが、グラビアアイドルも真っ青の自意識過剰な内容をお届けしてみたいと思っています。


今日から武田先生と合流し、雲林での研修がはじまりました。久々にあった武田先生はさらにたくましくなっていてびっくりしました。
写真は共同生活の場です。台所はありませんでしたので武田先生の料理を食べることはできないようです。
雲林は台湾の中部にある農業のさかんなCounty(郡みたいなもの?)です。人口は70万人くらいだそうです。こちらはすでに灼熱で、半袖でも辛いくらいです。
今日は午前はオリエンテーション、午後は地域の保健センターに行きました。ほとんどみなさん中国語を話すので厳しい闘いを強いられました。ので詳しい内容は武田先生がきっと伝えてくださることでしょう。武田先生は現地人にまじってこじゃれたジョークなどもとばしていました。さすがです。
夜は近くの食堂で中国4000年の歴史を味わいました。